汚れた身体を、水で流していた。身体が洗われて行って、気持がよくて、俺は吐息を漏らした。浴場には湯気で、靄がかかっている。温かい。扉に影が映った。
「愛ちょーくーん」
気色悪ぃ声を出していやがる、橙次だ。
「その呼び方やめねぇと、ぶっ殺すからな!」
口を開けたせいで湯が、体内に流れこんで来やがった。
「げほっ、げほっ」
「どうした藍眺!」
橙次は大声を出して、扉を開け放った。
「なぐぇほっ、んでもねうぇよ、入っでぐんじゃねぇ・・・・・・」
「涙目じゃねぇか、なにがあった!?」
悲壮な顔をして辺りを見回す、橙次。俺が苦しんでるのはテメエのせいだっつの、ぶっ殺す。
「む・・・せた、だけ・・・だ」
やっとそれだけ言ったら、一瞬キョトンとして、「むせただけえ!?」叫んで、笑いやがった。
やっぱりぶっ殺す。
「笑うんじゃねぇーーーーーー」
真っ白いシーツの上に、身を横たえると気持ちがよかった。部屋の中には、清潔な空気が漂っていて、 俺を安心させる。服は洗濯中だ。傍らの橙次が、頬をさすりながら妙な眼で、俺を見てやがる。上から下までなめ回すような眼つきで、気持悪ぃから、ガン付けてやったら口を開いた。
「どうだ、愛ちょー。褌を締めてみねぇか」
そう言って、真新しい褌を取り出した。
「・・・・・・どうやら本気でぶっ殺されてぇみてぇだな」
「中途半端な服着てっから、洗濯しなきゃ なんねぇだろうがよ。俺みたいに、褌一丁になれば洗濯も楽だぜ」
「ぶっ殺す!」
顔の前で褌をヒラヒラさせるから、橙次のにやけた面が覗いたり隠れたり、うっとうしいことこの上ないから、俺は拳を握った。
「待て藍眺」
「なんだよ。考えなおしたのか?」
「落ち着いて考えても、みろ」
「・・・?」
「ペアルックだぞ」
「・・・・・・」
にいっという音が聞こえてきそうな、満面の笑みで、橙次は得意そうだ。 白い褌をつけた、俺の姿が暫時、脳裏に浮かんで。
俺の拳は橙次の顔面を叩きつけた。
「いってぇ・・・本気でやりやがったな」
「ったりめぇだろーが」
拳をまともに食らった橙次は、鼻から血を流して呻く。こいつのにやけた面に、拳を見舞ってやれて、せいせいしたぜ。 ずきずき。殴りつけた拳が、痛み俺を苛んだ。これぐらいで痛むようじゃ、修行が足りねぇぜ。
痛む拳をさすった俺は、痛みは別の場所にあることに、気づいた。
拳をさすってた手を胸に当てた。
いつしか、俺はまた橙次に見つめられていた。さっきとは違う、温かい眼差しに俺は逃げたくなって。逃げる代わりに、橙次の顔に手を伸ばしていて、俺が流させた血を舐め取った。
「にげぇ」
吐き捨てて、俺は今度こそ浴場に、逃げた。
だから、橙次がどんな顔をしてたのかは、知らねぇ。