目が覚めると、空中にブリ助が置いていった手紙が舞っていた。 陽光を受けながら、文字が書かれた葉は、言の葉を散らしてた。

あのあと、暁の塔は完成して。 俺の仕事も一区切りがついて。

空に向かって伸びる塔を見上げながら俺は。 あの懐に抱かれる空想に浸りきれず、地面に転がっていた。 戦争が終わって、忍空狼も片がついて、あれから俺は空を飛んでなかった。

この手で何人の人間をぶっ殺し、この体に血の臭いを染みこませただろう? 平和が訪れた今、俺に暴れる理由はない。 もう昔の俺じゃないから、力は使わない、そう決めた。

戦死者を弔う塔の建立に携わったからって、あの頃の俺は消せねぇ。 太陽の光に溶けながら、暁の塔は、俺を見下ろす。 かつてはあの空で、共に羽ばたく翼があった。 この俺の足と、俺の酉忍技を教え込んだ弟子。 肉親に見捨てられた俺が得た、肉親のような存在だった、あいつ。 浜地の墓前に行った際に、あいつの嫁さんが俺に射った瞳の光が、 今も俺の罪の影を炙って焼き続けて。

飛べなかった。 俺は、大勢の人間を、殺めすぎた。 血に染まった両足は、羽ばたかすには、生臭すぎる。

でもこんな俺だって、生まれ変われるよな? 風助・・・・

風が俺の肌を撫でていた。 心地よく、優しく。 高い空へ、意識を、飛ばして。

陽光と混ざった温かい風はいつしか、夜風となって、静謐に俺を包んでいたようで。 肌寒さにくしゃみを一つして、起きあがると辺りは暗かった。 黒い空を撫で上げるように、一筋の光が通り過ぎた。
「流れ星か?」
流れ星に願いごとをすると、願いが叶うとか言うが。
「ケッ、笑い草だぜ」
そんなもんに頼るつもりはない。願掛けするなら、この両足だ。 勢い良く立ち上がって、地を蹴って、走った。

×××

「よー、藍ちょー」

空に羽ばたけず、地面を踏みしめて、大地を走る俺は、あいつの声を聞いた。 この大地に愛される男、大地の橙次の声を。

「こんな夜中に、どこへ行くんだ? せっかくこの橙次さんがはるばるお前さんに 会いに来てやったってのによう、入れ違いになるところだったじゃねぇか」
「と、橙次!? なんでこんなトコにいんだよ!!」
「だーから会いに来てやったって言ってるだろ、人の話聞いてんのか? お前さんのように自力じゃ飛べないからな、飛行機使って来たぜ」
「そうかよ・・・・よく分かったなここが」
「この橙次さんにはお見通しよ、わかっちまうんだななぜか・・・・ってぇのは冗談で、 風助に聞いたんだ」
「何の用だよ、飛行機壊したんだろどうせ」
「壊れてねぇよ!ちゃーんと無事着して、向こうに置いてある。ドライブでも行くか? 乗せてやるぜ」
橙次のくせに、墜落しないで着陸ができたとか、信じらんねぇ。
「乗せられるもんなら、乗せてみやがれ」
「おう、言ったな、来いや」

連れて行かれた場所では本当に、堂々とした風体で月明かりを浴びながら、飛行機が待っていた。
「さー乗れ」
「なんでだよ」
「さっき乗せろって言ったじゃねぇか、遠慮すんな」
「・・・・仕方ねぇな」

久しぶりに空に抱かれるのは、気持が良かった。 「空はいいよなー、自分で飛ぶのは最高だ。俺は飛行機だけどな。藍眺は自分の翼で 飛べるんだから、もっといいんだろうな」
「・・・・」
夜の空を飛行する機体は、下から見たら流れ星に見えるに違いない。 さっき見た一筋の光を、俺は思い出した。
「それで何しに来たんだよ」
口から出たのは、これだけ。橙次の方を振り返りもしなかった。 ただ前方に広がる空と、眼下に広がる下界しか俺の目は映さなかった。
「こっち見ろよ。空なんていつでも見られるだろ?」 そう言った橙次の声の鋭さで、やっと俺は横を見た。
「なんだよ・・・・」
「お前の目って空みてぇだよな」
「はあ!?」
思わずぶっ殺すぞ、と言いかけて口を噤んだ。
「久しぶりに見たかったんだ、その目と・・・・」
言いかけて橙次は口を閉じて。俺の目を見つめるから俺は。 にらみ返してやりたかった。じっと我慢して。俺を見ているようなのに、別なものを 見ているみたいな目に、居たたまれなくて聞いた。
「なんだよ」
「翼が見たかったんだ」
思いがけない言葉に、俺は言葉をなくした。 翼ってなんのことだ?空を見回したが、鳥一匹飛んでやしねぇ。 この飛行機についてるののことか?だがそんなもんいつだって見れるはずだ。 よく墜落してバラバラになるけどな。
「へっ、照れくさいからよぉ、今までお前に言ったことはなかったな・・・・ つい口が滑っちまったぜ、ちくしょう」
「な、なんだよ、なんのことだよ、言わねぇとぶっ殺す!」
「・・・・藍眺の・・・・翼・・・・だよっ」
「ああ!?意味わかんねぇ!」
しばらく見ない内に、こいつは頭がおかしくなったんじゃねぇのか?
「藍眺が空飛んでるとよ、なんか翼が見えんだよ、俺には・・・・」
そう言って眩しそうに目を細めると、橙次は俺の背中にそっと手を置いた。
「また、見てぇな・・・・お前の翼」
橙次の手から伝わる熱が、俺の背中を焼いた。 そっと目を閉じながら俺は、また飛ぼうかと考えていた。
「馬鹿野郎・・・・」
空龍が俺に笑いかけた。