腫れ上がった顔が熱を持って、痛い。痛みに堪えながら、赤雷は熱に浮かされたような 足取りで、帰路についていた。仲間達とも別れ、一人で歩く道。 陽紅との一件の後。 顔よりも、心が痛かった。きっと顔よりも、無惨に腫れ上がり、血を流して啼いているに違いない。 赤雷はまるで他人事のように、その痛みを感じていた。 半分夢に堕ちかけていて。 感覚を鈍磨させて、痛みから逃れようと、必死だった。 全て自分が招いた、不始末だった、忍空狼。 友の手を煩わせた、不甲斐なさ。 よろめきながら、歩く赤雷の背後に、音もなく寄り添う影が一つ。

「待てよ、赤雷」
黄純だった。風助達と一緒に、行ったとばかり思っていたから、赤雷は驚いて、目を瞠った。 眠気も飛んで、目を開いた。
「黄純・・・・、何の用だ。俺はもう大丈夫だから、放っておいてくれって言ったろ」
「放っておけるかよ、はるばるこんな所まで越させといて、これでハイさよならなんて、出来るかよ」
冷たい目で、黄純は赤雷を見た。 原型を留めぬ顔を、歪ませて赤雷は微笑んだ、嬉しくて。
「何がおかしいんだよ、あいつらが一人にするのは心配だから、ついとけって、俺をよこしたんだ。 面倒なことは、全部俺に押しつけるんだから、黄純ご立腹」
途端に赤雷の顔が、萎む。ふくらみかけた期待が、裏切られて。
「でもまあ・・・・仕方ないから、俺が慰めてやるよ。久しぶりに俺のピアノ、聴かせてやる。 今なら、スランプから抜け出せそうだし」
黄純の言葉に、赤雷は嬉しくて。
「おい、何笑ってんだよ!そんなに嬉しいか、俺のピアノが聴けるのが。でもその顔で笑うと、 傷に響くからやめな」
ぴしゃりと叩くように、黄純。それでも、赤雷は嬉しかった。こんなに冷たくされて、こんなに 嬉しくなるなんて、俺ってM?などと思う。

黄純のアパートは、驚くぐらいに散らかっていて、まだあの女性のことが吹っ切れてない黄純の、 心の痛みが伝わってくるような寒々しさが漂っていて、赤雷は切なくなったけど、 黄純は陽気だった。赤雷を励ますために、明るく振る舞っているのかもしれない。 黄純だって弱さを晒け出してくれたらいいのに、たまには。赤雷は思う。赤雷の前では、いつも 気丈に振る舞ってばかりだけど、他の仲間の前では、自殺未遂のこととか、全部晒してるってことぐらい 知ってた。いつも寝てばかりいても、そのくらいは知ってるのだ。
部屋の隅に転がった、写真立てに目を留める。あの女性の写真なんだと見当をつけながら、確かめる気は 起きなくて、そのまま遠目に睨みながら赤雷は、床に腰掛けた。 散乱した物を押しのけて空間を、作って腰を落ち着けた赤雷の耳に黄純の、奏でるピアノの音色が流れ込んだ。
それはまるで魂の、叫びのような、哀切な旋律で。 赤雷の胸を打つのは、赤雷もまた辛い体験をしたからなのか、それとも。

その夜、赤雷は黄純に迫った。 慰めて欲しい、忘れさせて欲しい、そう願いながら。
「だめ」
黄純に一蹴されたけど。