どこまでも、のぼっていけそうな高い空の晴れた春の日。 張りつめたような空気と、胸が高鳴る気持とが綯い交ぜになって俺の目を覚ました。 いつもより、早い時間の目覚め。いつもと同じ部屋なのに、なんだか別の場所にいるみたいで。 落ち着かない気分を宥めながら、朝食を用意した。ハムとエッグと、トースト。 いつもは和食なんだけど、今日の気分はこれだ。効きすぎた胡椒がちょっと、辛いけど 胡椒の刺激が、ざわついた俺の心を宥めてくれてる気がした。 黒く焦げたトーストを囓ったら、なぜか不意に胸がときめいた。 思わず照れ隠しに朝陽が差し込む窓の外を眺めると、顔が緩んだ。
「行ってきます」
今日から暫く留守にする家と、スイートハートの川に別れを告げて、俺は家を出た。 俺は青馬。16歳。今日から、高校生になる。
川に龍が見える電波な俺だけど、なぜか名門だと言われる「忍空学園」に 入学することになった。川の影で・・・いや草場の影で死んだ父さんと母さんも喜んで くれていると思う。

霞に包まれた新緑の山みたいに、聳え立つ校舎を遠目にして、真新しい制服に身を包んだ 俺が校門をくぐると、長い散歩道が伸びていた。緑に白い花弁が映えた花が、俺の入学を 歓迎してくれてるように咲いていた。道の途中では、痛々しいぐらいに腫れ上がった顔をして、 気持ちよさそうに眠る赤毛の男を見かけた。

白い花を眺めながら歩いているうちに、校舎が見えてきた。 間近で見ると、それほど巨大には見えないのに、迷宮を目の前にしているような 不思議な雰囲気を纏っている。目を奪われて見ていると、頸が痛くなって来たので頭を下ろした。

「よお、新入生」

この学園の制服はブレザーのはずなのに、番長みたいな学ランを着た男が 話しかけてきた。上級生みたいだ。
「この学園に入れたってことはお前さんも、龍が見えるんだな」
何がおかしいのか、笑いながら男は言った。
「俺は橙次。大地の橙次だ」
だいちのとうじ。長い名前だ。
「そうですか。俺は青馬です」
自己紹介されたようなので、挨拶を返して、俺は先を急いだ。

校舎の中は圧倒されるほど天井が高く、人気がなかった。 新入生の教室がある階は最上階らしい。長い廊下と階段を上って行く。 階上に行くに従って、窓の外に見える景色も遠くなって行った。 さっき歩いた遊歩道と思われる茂みが見えた。その東側に、花壇が見える。 色とりどりの花が咲き誇るそれは、花園と呼ぶべきかもしれない。 一際目を惹くのは日時計だ。どうやらこれがこの学園の時計らしい。 それによると、現在十時。集合時刻は九時だったから、一時間俺が遅れているようだ。
そういえば、教科書を忘れた。

教室に着くと、さっき見かけた赤毛の男がいた。 クラスメートなのか。 そいつが膨らませた鼻ちょうちんがぱちん、と弾けた拍子に目が開いた。 目が合ったので俺は挨拶をした。
「俺は青馬だ。お前は?」
「ん? あ、ああ俺は・・・炎の赤雷だ」
ほのおの? なんとなく引っかかったが俺は突っこまなかった。