教師がしずしずと教室に入り、教壇に立った。 物言わず黒板に一言「自習」と書き殴ると風のように掻き消え、残された俺達新入生は ただ呆然と、騒然と、騒ぐしかない。一時間も経過を耐えると、忍耐も限界で。
「どうする赤雷」
俺は、赤毛の男に話しかけていた。眠っている。

なんとはなしに二時間が、経過。

その間、教室に変化がなかったはずもなく。クラスメート達は既に、動いていた。 どこへ行ったのか俺が知る由もなく。奴らはおそらく、体育館の入学式。

自習とは、自ら学び学習すること。俺はこの教室で何を学べばいいのだろう。 教科書はない。忘れて。借りられそうな友達もない。まだ。 それとも。
この男を、友達と呼ぶべきか?
昏々と夢中に居続ける、赤毛の男に視線を送った。微かに鼻から、球体が膨らんだり萎んだりし、 呼吸に合わせ揺れる頭髪が、さわさわと誘っていた。俺の手は窓から差し込む光を受けて、紅に 染まるその毛に触れていた。三分くらい。

「よー、青馬」

二人きりの教室。投げかけられた威勢のいい投石のような言葉に、俺の意識は奪われた。 見ると、扉からほんのり人間の姿が見えていた。声の若さから先生ではないと思う。 けれど、俺の名前を呼んだからには生徒ではない? 何者? 疑問を口に出すべきかなんて、俺は迷わない。 静観し続けるだけだ。

「・・・えっと、君が黙ってるから反応に困るんだけど、なんか言えよなー。そっちの赤毛は寝てるしよー。 おい何か言えよー、せっかく俺が様子見に来てやってんじゃん?」
得体の知れない青年の声を、俺はただ黙って聞き続けた。
「んとね、俺って親切だから忠告しちゃうぞ? 新入生はただちに体育館に集え。入学式は既に始まっている。 まー、君らがいなくても式は滞りなく進んで、終わりかけって感じ? でもさ、入学式に欠席はまずいっしょ。 新入生のくせによ? 何やってんだよ君ら?」
体育館か。俺は早速向かうことにした。
「待てよ、おーい。そこの赤毛そのまま?ってないんじゃねぇの。君ら友達だろ」
友達。足が止まった。
赤雷は、友達。
「青馬くん? 俺の話きいてる、キミ」
身を翻して俺は。赤雷に向き直った。赤毛はまだ眠っている。 こちらも睡魔に誘われそうな安らかな寝息を立てて。一人の男は眠っていた。
「俺のこと誰かとか、聞かないの? ねえってば。ねえ・・・」
眠りから覚ましてしまうのが、なんだか悪い気がして。それでも俺は気持を振り切って、赤雷の 肩に手をかけた。起きろ、起きろよ赤雷。俺達、体育館に行かないといけないんだ、新入生だから、 入学式だから、欠席するわけにいかないんだよ。
赤雷は目覚めない。
「はあ、俺もう帰っちゃおっかな。いい? 帰っちゃうからね? 待ってとか言っても待たないよ俺」
「そこの声のあんた」
「あい!」
「この男を起こすのに、手を貸してくれないか」
扉の向こうで、影が動いた。声の主の影が。