「うわあ!」
いきなり赤雷が声をあげたので、俺は振り返った。
「さっきの犬ー!」
ちっこい喋る犬、やせいの紫雨が廊下の先で、俺達に背中を見せていた。犬は、軽く足で体を掻いてから、おもむろに立ち上がると、 俺達の方に向き直った。
「ふー探したよぅ、勝手に行くなよなーひよっこが、この学校広いんだから、迷うってぇの。俺が折角、案内してやろーと 思って保健室まで迎えに来てやったのに、なに仲良く逃げてっちゃうんだよぉ、ヘイヘーイ」
「・・・・」
俺は無言で犬を見つめた。
「ま、ついておいでよ、君たちが入るドミトリーまで、連れていってやるよ」
そう言うと、犬は走り出した。

ちっこい足で、ちっこい体で、信じられない速さで紫雨が走るから、俺達はついていくだけで精一杯で、周囲の白い壁が靄のように 過ぎ去って行った。白いばかりの学園の壁を抜けて、ついには黒い場所に到達して、そこがドミトリーらしくて、やっとついたなって 洩らす代わりに、切れた息が肺から放出された。
「はぁっ・・・・はぁっ、ぁっ」
「ふぁぁー、着いたのー?わおう、黒いねえ」
道中は熟睡していた赤雷は、俺が手をひいて運んできたようなものだったので、元気そうだった。 ドミトリーの黒塗りの壁、それとも影っていてそう見えるだけなのか、とにかく黒い建物に見入っている。
足下の紫雨がはっ、はっ、と舌を出した顔をこちらに差し向けた。
「ここがドミトリーさ、俺らの住まい。今日からは君タチも仲間だよ!よろっしくなっ、 改めて名乗りまっす、俺は紫雨、背後を見てごらーん」
紫雨の言葉に黒色から白色に目を戻すと、学園の建物が反射する白い光を受けて生足を煌めかせた、男の姿が見えた。

「だ、誰・・・・?この学園の制服に似た服着てるけど、生徒なのかなぁ」
赤雷が俺に尋ねるが、俺が知ったことではない。
「あれが俺さ」
犬が言った。
「この犬は、俺が操ってるんだ。あっちの人間が本体で、俺本人ってことなのね、顔は見せらんないんで そこんとこは勘弁な、あとこれは青馬くんにご進呈ー」
紫雨が着ている物と同じらしい、制服に似た服が犬の足下に落ちていた。半ズボン。長い靴下(こっちは紫雨のとは違う。 あいつのは短くて、くしゅくしゅしてる)を鼻先でツン、とやって俺を見上げる犬の目はなんだか潤んでた。 まあるく濡れた瞳は、飴玉みたいだけど、あいにく俺は黒飴は嫌いだし、なんか熱い。熱い?
熱いのは赤雷が俺の腕にしがみついているから、だったみたいだ。熱気のする方に目を向けると、赤雷が俺を心配そうに、 こっちも瞳を潤ませて、見てた。
「これ、改造した制服じゃないの?校則違反になっちゃうよ・・・・だめだよ、怒られるよ」
「その通り!」
赤雷に答えたのは犬だ。尻尾を振り回して、なんだか嬉しそうに一声。
「野生の紫雨特製制服を、せーまくんに特別にあげちゃうよって、言ってんの。 校則違反については、そんなもんないから気にすんなー自由な校風がウリだからさ、忍学って。 さ、早速着ちゃって、着ちゃって、着替えちゃってー、はやくぅ!」
ドミトリーの門前で紫雨が叫ぶ。まだ赤雷は心配そうに、俺を見つめてる、けどもう熱くはない。緊張するとハッカして熱くなる とか言ってた。だけど熱くないから、もう緊張はしてないってことだ。俺は着ることにした。

紫雨がくれた、特製の制服は誂えたようにぴったりで。
「これでいいのか?」
「はーい、二名様ご案内ー」
満足そうに頷くと、紫雨はドミトリーに向き直った。
黒い扉がゆっくりと開く。